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私たちの社会では、膨大なエネルギーが「熱」として失われています。工場設備、自動車、データセンター、さらには家庭用機器に至るまで、日常のあらゆる場面で発生する排熱の多くは、いまなお十分に活用されていません。
もし、この見過ごされてきた熱を電力として回収できたら――。エネルギーの使い方は、大きく変わるでしょう。設備効率の向上や脱炭素への貢献にとどまらず、分散型電源の普及やデータ活用の高度化といった、新たな産業価値の創出にもつながる可能性があるのです。
こうした期待を背景に注目されているのが、温度差を利用して直接発電する「熱電発電」です。近年、材料技術の進展により、これまで難しいとされてきた中温域での活用可能性が見え始めています。
この記事では、熱電発電の基礎を整理しながら、排熱を活かす新たな選択肢として期待されるMg₂Sn(マグネシウム・スズ)熱電材料の可能性について解説します。
熱電発電は、未利用の熱エネルギーを直接電力に変換する技術です。材料の両端に温度差を与えると電圧が生じる「ゼーベック効果」を利用するため、タービンなどの回転機構を用いずに発電できる点が特徴です。
蒸気タービンを必要とする火力発電などと比べて構造がシンプルで小型化しやすく、設計自由度が高いことから、排熱回収や工場設備、自動車、データセンターなどへの応用が期待されています。
熱電発電の歴史は古く、ランプやラジオの電源、宇宙開発用途などで実用化されてきました。近年はBi-Te(ビスマス・テルル)系材料を用いた発電システムの開発が進み、産業用途向けの熱電モジュール製品も登場しています。
現時点ではEVや大型機器などの主電源を担うような技術には至っていませんが、IoT機器やウェアラブル機器、遠隔監視用途など、比較的小電力の分野での活用拡大が期待されています。
工場の炉やボイラー、自動車の排気系統、燃焼設備などからは、300〜400℃程度の「中温域排熱」が大量に発生しています。
既存の熱電モジュールの主流であるBi-Te系材料は主に低温域で高い性能を示す一方、300℃近傍以上では長期信頼性や性能維持の面で制約があります。このため、発電効率や投資回収の観点も含め、商用展開は限定的にとどまってきました。
大規模な高温排熱はボイラーや熱回収設備で利用が進んでいる一方、設備の各所に分散して発生する中温域の排熱は、経済合理性の観点から回収されず、放置されているケースが少なくないのです。
中温域排熱の多くは、工場設備の配管や機器の外壁、排気ラインなどに分散して発生しています。個々の排熱量は必ずしも大きくなく、蒸気タービンなど従来型の発電設備を導入するにはコストだけでなく設置スペースの面で見合わないケースも多いのが実情です。
しかし、こうした排熱は拠点全体で見れば無視できないエネルギー量となる場合もあり、効率的に回収できればエネルギー利用の高度化につながる可能性があります。
言い換えれば、「排熱は存在するが、最適な材料がない」という理由でエネルギー活用の“空白領域”が存在している、と表現できるでしょう。
カーボンニュートラルや省エネルギーの重要性が高まる現在、この中温域で安定して機能する新材料への期待は一層高まっています。
そこで注目されているのが、Mg₂Sn(マグネシウム・スズ)熱電材料です。
マグネシウムとスズから構成されるこの材料は、熱電材料に求められる「電気は流れやすく、熱は伝わりにくい」という相反する特性の両立が期待でき、特に300〜400℃の中温域で性能を発揮しやすい点が注目されています。
熱電発電モジュールは、p型とn型の半導体を組み合わせて構成され、発電効率は両者の性能バランスに大きく依存します。そのため、電気抵抗や熱伝導率といった特性をp型・n型の双方で適切に揃えることが、実用化に向けた重要な設計課題です。Mg₂Sn材料は、n型・p型の双方で性能向上の可能性が報告されており、熱電発電における重要な課題である「両極のバランス確保」に対応しうる材料としても注目されています。
また、Mg₂Sn熱電材料は構成元素の地殻存在量が比較的多く(Bi-Te系材料の10~100倍)、Pbが含まれる材料などと比べて低毒性とされることから、レアメタル依存度を抑えた材料として、将来的なコスト面での優位性も期待されています。
用途としては、金属加工炉やセラミックス焼成炉の排熱回収に加え、設備の各所に点在する中温域の小規模排熱源から電力を取り出す用途が想定されています。
中温域の分散排熱は従来、経済性の観点から回収が難しかった領域であり、熱電発電が新たな選択肢となる可能性があります。
| 温度域 | 主な材料 | 技術的ポジション | 実用・ビジネス視点での特徴 |
|---|---|---|---|
| 低温域 (~200℃) |
Bi2Te3系 | 商用成熟材料 | ペルチェ冷却などで広く普及。 量産実績があり性能も安定。 ただし高温用途には不向き。 |
| 中温域 (300~600℃) |
PbTe | 従来主流材料 | 排熱発電で高性能を示し研究蓄積も豊富。 一方で鉛使用による環境規制リスクや、 テルルの資源制約が課題。 |
| 中温域 (300〜400℃) |
Mg2Sn | 次世代主役候補材料 | 比較的豊富な元素で構成され、資源性・コスト面に優れる。 高品質結晶化や欠陥制御研究が進み、 n型・p型両立の可能性。社会実装を見据えた量産適性に期待。 |
| 高温域 (700℃以上) |
SiGe | 高温安定材料 | 宇宙用途などで実績。 耐熱性・信頼性に強みがあるが高コスト。 |
このような課題に対する研究開発も進展しています。東北大学大学院工学研究科 林慶准教授のグループは、中国・清華大学との共同研究によりMg₂Sn単結晶の空孔領域制御に成功し、電気伝導性と低熱伝導性の両立を図り、n型・p型の双方で高い熱電性能を示す可能性を報告しています※。
つまり、Mg₂Snの高品質な単結晶を作り、その結晶の中にある「原子の抜け(空孔欠陥)」の量や状態を人為的にコントロールすることで、熱電材料に求められる特性を実現できる可能性を示したのです。
なお、林慶准教授のグループと当社は、「東北大学-住友金属鉱山ビジョン共創型パートナーシップ」のもと、2019年より当該材料の開発に取り組んでいます。加えて、当社では、単結晶の育成や大型化、デバイスモデル開発などの取り組みを進めています。
※国立大学法人東北大学「安価で低毒性の Mg₂Sn が 熱電発電デバイス用として実用レベルに到達 ─ 自動車排熱・産業排熱を回収する発電に期待 ─」2025 年 3 月 31 日
現在、Bi-Te系モジュールを活用した排熱回収システムは、大規模な排熱源では蒸気回収設備などによるエネルギー利用が進んでいる一方、設備内に分散した小規模な排熱源の活用は依然として課題が残っています。熱電モジュールは小型・分散配置が可能であることから、こうした未回収排熱の有効活用手段として注目されています。
例えば、高温ガスの熱エネルギーを回収して発電するシステムや、工場内に分散する局所的な排熱源からkW級の電力を得る産業排熱回収ユニット、配管に密着させて使用するフレキシブル熱電モジュール、熱電無線デバイスなどの実証試験が進められています。これらの材料として、将来的にMg₂Sn材料が適用される可能性も考えられます。
実用化に向けては、材料単体の性能だけでなく、電極や樹脂、接着材など周辺材料の耐久性、接合技術、回路設計、設置条件への最適化などを含めた、モジュール全体としてのシステム最適化に向けた研究開発が進められています。
熱電素子は温度差によって発電するだけでなく、電流を流すことで冷却効果を得ることも可能です。これにより電子機器や蓄電池の温度制御への応用も期待されています。
今後の展開としては、①小規模な排熱から電力を取り出してIoTセンサーなどに活用する、②産業排熱ユニットとして比較的大きな電力を回収する、③フレキシブルモジュールと組み合わせ曲面配管などから効率的に熱回収する、④回路設計や用途設計を含めた統合的な実装を進める、といった方向性が考えられます。
熱電発電は万能技術ではありませんが、適材適所で活用することで設備効率の向上や品質管理の高度化に寄与します。
特にIoT用途では、電源確保が困難な場所や、高温環境や危険区域にセンサーを設置でき、電池交換を不要とする自立電源の実現につながることが期待されます。これにより取得できるデータの量と質が向上し、製造現場やインフラ管理の高度化を加速させます。

これまで見過ごされがちだった「熱」というエネルギー資源が分散型電源として機能し始めれば、エネルギーの使い方そのものが変わるかもしれません。身近な場所で発生する熱の再利用が可能になれば、持続可能な社会基盤の構築にもつながるでしょう。
目に見えにくいところに電力を生み出す技術が積み重なることで、未来の社会はよりスマートで持続可能なものへと近づいていく――。熱電発電は、その変化を支える重要なピースの一つになるかもしれないのです。
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Written by :X-MINING編集部
X-MININGのイノベーションの
起点となる
住友金属鉱山の材料製品を紹介します。